おくりびと

本木のしなやかな納棺師としての仕事ぶり
*キャスト&スタッフ

監督:滝田洋二郎
制作:信国一郎
原作:青木新門納棺夫日記
脚本:小山薫堂
音楽:久石譲
出演:本木雅弘小林大悟)、広末涼子小林美香)、山崎努(佐々木生栄)、余貴美子(上村百合子)
2008年日本映画。第81回アカデミー賞外国語映画賞受賞作品

*ストーリー**************
リストラされて故郷、山形に戻ったチェリストが「旅のお手伝い」の広告の元、旅行会社と勘違いして納棺師派遣の会社に就職してから本格的に納棺師として仕事をしていくさまを描いている。
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1999年5月号の雑誌ダ・ヴィンチの表紙を本木雅弘が飾っているが、この時彼の手にしている本が今回の原作となった青木新門の「納棺夫日記」、本木の構想から10年近くなってからの実現であり、ここからしても本木のこの作品に込めた想いが伝わってくる。東京のオーケストラが不振で解散と相成り、団員だった大悟(本木)は1.800万円もするチェロを購入したばかりでもあり、途方に暮れる。考えた末にそのチェロを手放し、母の死後誰も住んでいない山形の実家に戻る事にし、新天地での生活が始まる。「旅のお手伝い」という宣伝文句で旅行会社の求人と思って就職してみれば葬儀の納棺師派遣の会社!(旅立ちのお手伝い、の「立ち」が誤植で落ちていた、と山崎努があっさり言うあたりが面白い)
妻には「どんな会社だった?」と聞かれると「冠婚葬祭関係…」即座に「結婚式?」と妻の美香が納得するところが象徴的で、冠婚葬祭、と言っても結婚式をメインに捉えているところが一般の感覚として描かれる。こわごわ、いやいやついた納棺の仕事は大悟には新しい発見の日々となり、毎日死体に触れるという日常から逸脱した作業への拒絶感とは別に神秘的で愛情あふれるやりがい、という正反対の気持ちが大悟の心に無意識に芽生えていく。大悟の心の中でそれが無意識から意識的になるのは、美香が夫の職業を知るところとなり、ショックで東京に帰ってしまい、実は妊娠していた事がわかり戻ってきたあたり。決して望んで就いた仕事ではなかったのに妻から「納棺師の仕事、辞めて!生まれてきた子供にその仕事、自信持って言える?もっとまともな仕事を探せるでしょう?」と言われた時に、大悟の気持ちが揺れていない、それに自分が気づくあたりから彼の納棺師への熱意は意識的になって、さらに当初の否定的な気持ちや拒絶感よりもやりがいの方が強くなっているという事に自分で納得してくる。この流れが見事に描かれていて、本木演ずる大悟の変化がすがすがしく感ぜられる。人生の中で大切な事って何なのか、というのを切々と訴えてもいる。大悟は小さい時に父親の蒸発によって捨てられた、というトラウマを持つが、それとの対峙も織り込まれている。

ここで描かれている「仏さま」(死体)、それはたくさんのドラマの凝縮された人生の象徴である。故人の最後の旅立ちに納棺師が行う納棺の儀、そのうやうやしい、愛情と厳かさに満ちた時間に遺族たちは故人との色々な思い出に浸る事ができる、そしてその故人の美しさを最大に表現できるのがまた納棺師の仕事でもある。

チェリストというのは本来、指先が非常に敏感で発達している。そして納棺師というのも手先の細やかさ、優しさ、作業の端正な美しさが愛を感じさせる、というそこにチェロの奏でる愛との共通点があり、当初の「チェリストから納棺師???」という違和感から観ているものを非常に納得させてくれる。
本木の手つきのしなやかさは一種のアートだった。本木のチェロ演奏習得など、熱演も素晴らしいけれど、山崎努余貴美子の自然で緻密な演技が秀逸。そこに山形の自然が溶け込み、いやがおうにもヒューマンな香りが立ち込めてくる作品。広末涼子だけが抑揚のない声で子供っぽいのだけれど、あえてここではただ一人、現代っ子のあまり深く考えない世代の女の子、という意味では深刻な演技を望まないキャスティングの方が、一般の感覚と距離感が近づけるのかもしれない、とも思えた。
個人的には、友人がたくさんいて以前、共演もした事のある山形交響楽団の演奏は懐かしく嬉しくもあった。さらにピアニストのクレジットに友人の名前があり、活躍を誇りにも思っている。久石譲の音楽はテーマ音楽は背景と良く合っていた。が他の場面展開の音楽はいつもよりもシリアスに難しく書いたためか、表情の硬い音楽として聞こえた。今回のクラシックベース、という事にこだわったためか…いつも通りの方が久石節として楽しめたかな、という率直な感想を持った。

余談だがチェロの価格の1.800万円はプロとしたらそう珍しい話でなく、音楽仲間の一人は6.000万円のチェロを弾いていたりする…(当時都内オーケストラの首席奏者)ちなみに弓だけでも300万円、などという世界ではある。ご参考までに。


「おくりびと」公式サイト
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原作 「納棺夫日記」青木新門