チェンジリング

アンジェリーナ・ジョリーの風格、そしてますます円熟を増すクリント作品
*キャスト&スタッフ

監督:クリント・イーストウッド
制作:ブライアン・グレイザーロン・ハワードロバート・ロレンツ
脚本:J・マイケル・ストラ人スキー
作曲:クリント・イーストウッド
出演:アンジェリーナ・ジョリー(クリスティン・コリンズ)、ジョン・マルコビッチ(ブリーグレイブ牧師)、ジェェフリー・ドノヴァン(J・J・ジョーンズ警部)
2008年アメリカ映画

*ストーリー**************
ロサンゼルス郊外に住む9歳の息子ウォルターと暮らすシングルマザーのクリスティン・コリンズは電話会社につとめながら女手ひとつで彼を育てている。ある日突然息子のウォルターが行方不明になり、ロス警察に捜索を依頼するが手掛かりなく、5ヶ月後に見つかったとの知らせで駆けつけるとその子供は別人だった。が、ロス警察はそれを認めない。その子供も自分がウォルターと名乗り住所も全て何もかもが正確ゆえ、報道陣が見守る中その子を連れ帰り新しい生活が始まる。が、クリスティンには納得がいかない。その子が我が子ではない証拠を歯医者や学校で証言を取り、ロス警察に動いてもらおうと考えるが、ミスを認めたくないロス警察はなんとクリスティンを精神病院に入れてしまう…その後社会派のブリーグレブ牧師の働きで助け出されるが、警察の対応は相変わらず。その内にとんでもないおぞましい事件が発覚し、それがクリスティンの息子の失踪とも繋がってきて事態は大騒ぎになる。どんな時にも子供が生きていると信じ続けるクリスティンの勇気に事態は少しずつ変わっていくが…
************************

イーストウッドの監督作品の魅力に取り憑かれて以来、ほとんどの作品を観ている私にとってはもはやクリントの作品は冷静に観ることができなくなってきている。クリントが監督をするようになってからしばらくはクリントが監督してクリントが主演してくれなければファンが落ち着かなかったものである。が、ここ数年、それが完全に切り離された形となり、クリントが監督として最盛期を迎え始めているのは世界中が感じていると思う。あの娯楽作品シリーズ「メイク・マイ・デイ」で世界中を沸かせたダーティ・ハリーのあのクリントが、今は社会問題と取り組み、そして市長も経験し、ひたすら人の心の奥底にあるダークな部分を白日の下にさらし、掘り起こす作業を続けていて、クリントという人となりのその豊かさに感激を止められないでいる。クリントの人生そのものがもうすでにアートだと言ってもよいのではないかと感じている。
この「チェンジリング」は実話に基づいた作品であるし、リサーチも非常によくされて映画化されているのでそのリアリティには鳥肌が立つほどの重みがある。子供がさらわれているのに警察は動かず、帰ってきた子供は別人。それを警察の手柄として認めて育てろ、というそういう警察の対応。これが一体何を意味しているのか。それは1920年代のアメリカの警察の腐敗、汚職の実情であり、恥部でもある。そして男尊女卑が当たり前の時代。さらに背後に出てくる恐ろしいおぞましい連続誘拐事件。こういうどろどろと救いようのない組織や状況に、アンジー演じるクリスティンが一人闘いをいどむ。考えようによってはダーティハリーの構造ともよく似ている。敵は大勢にたった一人で闘うわけだから。ただこの作品は非常にシリアスで娯楽性はゼロである。さらにこのクリスティンは最初から強かったわけではない。子供を思う母性、ただひたすらその祈りにも似た想い、それだけが彼女のエネルギーになり、執念と化していくわけだ。その過程もクリントは非常に丁寧に細やかに描いている。しかしながら、今一度この1920年代というところに注目したい。歴史的に女性の発言権がほとんど認められなかった時代に、このクリスティンの行動、人生を考えたらそれはミラクル!としか思えないもので、やはり歴史的に勇気を持った女性の存在、それと同時にどうにもひどかった社会の荒廃、これらをクリントは知らしめたかったのだと思う。場面場面でのロス警察のもみ消しの手順はあまりにひどく、観ていても驚きを隠せなかった。しかし事実だったと思うといやはや、気持ちが淀んでしまう。その中でただ一人、クリスティンの忍耐と知性と勇気、これらが私たちを勇気づけてくれ、希望をもたらす。
クリスティンを演じたアンジェリーナ・ジョリー。この作品で、もはや押しも押されぬハリウッドの実力派女優になったのだと実感した。アクション俳優がシリアスな演技派女優への転身は難しい事も多い。「すべては愛のために」に主演したアンジーにはまだそういう匂いがなかった。彼女の潜在能力を引き出したクリントも凄いけれど、アンジーの役に挑むひたむきさが彼女の演技の磨きに拍車をかけたのかもしれない。彼女の一秒ごとに変わるその細やかな目の演技、口元の演技、それらが繊細で静かなのにあまりに饒舌で素晴らしい。その時代背景を認識した女性としてしとやかにデリケートに演じながらもそういう饒舌さがスクリーンから溢れ出てきてしまうのである。
癖のある役で有名なジョン・マルコビッチの牧師の役にはたいそう驚いたけれど非常に見事だったし、悪役のジョーンズ警部を演じたジェフリー・ドノヴァンも憎らしいくらいにいやなヤツになっていた。
チェンジリング」は時代に残る名作品の一つになったと言えるのではないだろうか。
そして、ジャズが大好きなクリントの音楽、ミファソ…から始まるこれが本当に切なく耳から離れない。場面場面すべてこのメロディー、一色なのだが不思議と飽きさせない魅力がある。
現在のハリウッドで構えず自然体で次々と名作を紡ぎ出しているストーリー・テラー、クリントの円熟したハートに是非触れて欲しい、オススメの作品。

チェンジリング