イースタン・プロミス

クローネンバーグとヴィゴ・モーテンセンのコンビネーションの魅力を不動にしたソリッドな作品
*キャスト&スタッフ

監督:デヴィッド・クローネンバーグ
制作:ポール・ウェブスター、ロバート・ラントス
脚本:スティーヴ・ナイト
作曲:ハワード・ショア
出演:ヴィゴ・モーテンセン(ニコライ)、ナオミ・ワッツ(アンナ)、ヴァンサン・カッセル(キリル)、アーミン・ミューラー=スタールセミオン)
2007年イギリス・カナダ合作映画

*ストーリー**************
イギリス、ロンドン。アンナが勤める病院に妊娠中のロシア人少女が運び込まれた。少女は出産ののちに息を引き取ってしまい、アンナは少女が遺した日記を頼りにその身元を割り出そうとする。手がかりをたどるうち、アンナはロシアン・マフィアの運転手ニコライと出会う。やがて、日記を通じて「イースタン・プロミス」=人身売買の秘密が明らかになる。秘密を知った彼女に深入りをしないよう忠告するニコライと、彼のやさしさに図らずも惹かれていくアンナ。ニコライの持つ秘密とは?日記が示す犯罪の行方は?ニコライとアンナの運命はいつしか絡み合っていく…。
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2005年にカナダ人監督デーヴィッド・クローネンバーグが主役にヴィゴ・モーテンセンを起用して制作された「ヒストリー・オブ・バイオレンス」に続いて、さらに素晴らしい仕上がりとなったのがこの「イースタン・プロミス」。当初、何の知識もないままに作品を観て、これが本当にヴィゴ・モーテンセン?と思うほどの彼の役への入り方に驚いた。一度観ただけでは情報が整理できず、なんと3回も映画館に通ってしまった作品。
イースタン・プロミスとは、イギリスにおける東欧組織による人身売買契約、と言う言葉。作品の立ち上がりから観客を集中させるその凄まじさは一種、心を奪われ続ける、というような感じで100分間、集中力が途切れることがなかった。驚いたことに三度目に映画館で観た際に初めて、私はこの作品の音楽が聞こえ始めた。人間の耳はひとつの事に集中すると他の事が全く聞こえなくなる事がある。今回がまさにそうで、それほどにスクリーンに釘付けになり、ストーリーに吸い込まれた事になる。
その要因として、摩訶不思議なリアルさが挙げられるだろう。ロンドンに移住してきたロシアンマフィアが東欧女性の人身売買に絡むストーリーなので本来なら日常から非常に遠く感じてよい作品なのに、とても身近に感じる。それはひとつには、焦点がナオミ・ワッツ演じる普通の助産婦の家庭に当てられている事、それが自然に描かれていることと、さらにもう一つは古い時代の検証にはなるが、ロシアンマフィアの実態をわかりやすく描いていて、彼らが実は、想像以上にファミリーをとても大切にするという、コアの部分において、我々との日常との共通点を描き出している、その二つが作品をとても近くに平易に感じさせている。それなのに描かれている事は全て、恐ろしくおぞましい、非日常的な事件の連続である。この何とも言えない恐怖感と平易な生活感の両方が自然に濃密に絡み合ってきてしまう課程で、全神経が集中させられてしまう。
最初の台本を読んでから主演のニコライを演じるヴィゴ・モーテンセンは当時のロシアン・マフィアのタトゥーの情報収集やら、ロシアなまりの発音の習得、さらには何週間ものロシア滞在。そして評判のよろしからぬ現地の人間との実際の接触、取材。これらを吸収して持ち帰り、クローネンバーグ監督に意見や希望を自由に発言して、マフィアのジュニアのお抱え運転手ニコライの役作りに入っている。それらを参考に脚本がどんどん仕上がるといった具合である。こういった所に前回の作品からの堅い信頼が伺える。
かくして、今まで見た事のないような、クールでミステリアスでハートフルな、ニコライが誕生するのである。さらに出演俳優がそれぞれ素晴らしい。キリルの父親役、表向きはロシアンレストランの経営者、セミオンを演じるアーミン・ミューラー=スタールの演技が特に素晴らしいが、キリル役のヴァンサン・カッセルやアンナ役のナオミ・ワッツ。アンナの母親役のシニード・キューザック…と、脇を固める俳優陣の演技が効いており、そのために作品はさらにきめ細かく濃厚な仕上がりになっている。
ニコライは言葉少なく、動きも非常に静かで常に自分を控えめにしているが、自分が仕えるキリルに頼まれての死体処理、遺棄などは非常にスピーディで無駄が無く、感情も差し挟まない…ただの運転手ではない何かをこちらに感じさせる。(ヴィゴのロシア訛りの英語がまた味がある)
これは決してマフィアそのものの残忍なストーリーのみを描いた作品ではない。もちろん映像的には殺人、暴力の描写はあるが、それと並行して家族愛、移住者の故郷への哀愁、結束。そういったものを同時に大きくクローズアップしている。
その表現を見ていると、マフィアほどすべてが究極にあるものはない、という風に見えてくる。つまり暴力的にも究極、組織力も究極、そして愛情も究極に濃い。そして統率力のある有力な親の元に生まれた愚かな息子に親はいつの時代も苦労する…というように。部分部分で見ればその日常においては我々のそれと何ら変わりがない…生きている社会と掟が根本的に違っている事を除けば…
その究極な世界での繊細な表現も見る者を引きつけずにはおかない。


「イースタン・プロミス」公式サイト

2008年11月29日より早稲田松竹(高田馬場)にて「ヒストリー・オブ・ヴァイオレンス」と「イースタン・プロミス」二本立て上映